「神無月の頃 8」
7のラストで、秀一は唐突に倒れます。
それが本当に過労によるものなのか、心因的なものなのか、ビミョーなところです。
そして秀一は夢を見ます。
幼い頃の夢。
聡佑は、水平線の彼方にかつての友を想い起こしています。
誰よりも大切だった人。
惹きつけられてやまなかった人。
ずっと一緒だと思っていたのに、突然目の前からいなくなってしまった人。
誰かを失ってはじめて、人はその人の大切さに気付くのかもしれません。
聡佑はずっと後悔していました。
何を後悔していたのか…外伝で書けたらなぁと思います。
そんな父の独り言にも近い言葉を聞き、幼い秀一は胸を詰まらせます。
目覚め、自分の体の心配より先に学校のことが浮かんでくる秀一。
彼は自分のことよりも先に、周りのことが気になるタイプです。
そんな秀一を間近で見ている将人にとっては、
もっと自分を大切にしろと言いたくなることも多々あるのではないかと思います。
秀一が素直に甘えてくれたら、将人も幾分救われるのではないかとも思うのですが。
後半、秀一は茶事の準備に取り掛かります。
この口切の茶事というのは、本来11月に行なうものです。
裏千家では。たぶん他の流派でも。
でも、ここ『追憶』の中では、10月の後半に行なうものとして登場します。
なぜか。
なぜなら、11月にしてしまったのでは、銀木犀の時季とズレてしまうからです!
銀木犀は、この作品になくてはならないものです。
さらに次期茶道家元としての秀一を描くために、茶事というアイテムが必要だったのです。
この2つをどうしても描きたい、と思い、無理やり茶事の日取りを前へずらしました。
邪道ですねぇ(笑)
まぁ、御影ヶ丘流茶道は朔の創作流派なので、そういう流派もあるのだと思って下さい。
御影ヶ丘の歴史、またその茶道の成り立ちも、朔の中では細かい設定が幾つかあります。
それがまた、幽江が守屋を嫌う理由の一旦につながったりもしたんですけど、
本筋とは関係ないので、バッサリです。
簡単に言うと、守屋の家風というか成り立ち自体が、女を排除する雰囲気を醸し出していると…
そんな感じです。
これに関しては陽司も、11で、
「尤も、守屋の男が呪われてるのははじめっからだ。
家元は代々短命だし、女運もないようだしな」
と言っています。
これだけで分かれって方が無理ですね、はい。
いいんです、あんまり関係ないですから、忘れて下さい(笑)
「神無月の頃 9」
あまり関係ないと言いつつ、しつこく御影ヶ丘流茶道について説明します(笑)
茶道を大成したのは、千利休だとされています。
利休の後3代までは一緒で、4代目から表千家、裏千家、武者小路千家に流派が分かれます。
これが、俗にいう三千家です。
で、御影ヶ丘流茶道は、そんな三千家から枝分かれした流派の1つ、という設定です。
枝分かれした、と言っても分家をしたとか血の繋がりがあるわけではなく、
単に弟子だった人が独立して別の流派を立ち上げた、くらいのものですが。
そんなわけで、御影ヶ丘流の茶道は、
千家流の茶道の型を引き継ぎながらも独自の発展を遂げてきた流派です。
その特徴はというと、御影ヶ丘流は「幽」の境地を目指しています。
(ちなみに裏千家は「和敬清寂」)
だから代々の家元の茶名には「幽」の字がつきます。
祖母のキミ江は「幽江」。秀一は「幽秀」といった具合に。
(ちなみに裏千家はすべての茶名に「宗」がつく)
わぁ、まったく関係ない話で盛り上がってしまいました。
話を元に戻します。
ああ、そうそう。
元々千家から枝分かれしたので、宗家を関西に戻そうという話が持ち上がっている、
ということが言いたいんでした(苦笑)
宗家の立場を守るためには、この茶事を失敗させるわけにはいきません。
そのことをプレッシャーに感じている自分に気付き、そこではじめて秀一は
自分もまた「守屋」に固執していることを知るのです。
固執……それは「家」に対する執着に置き換えることができます。
それまで秀一はずっと、周囲の期待に合わせて行動していたので、
自分の中にコレがしたい、という欲望があることに気付いていませんでした。
しかしこの時を境に、秀一は自分の未来を選び取ります。
庭の掃除をしていた将人が、銀木犀の下から鍵を掘り出します。
なぜそんなところに鍵が埋まっていたのか…詳しくは外伝で(笑)
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