追憶・5

「神無月の頃 10」

 『小舟……』
 とそう呟いた響きに、秀一は懐かしい父の声を聞きます。
 果たして屋上に続く扉の向こうには、本当に在りし日の小舟と聡佑がいたのか。
 それは誰にも分かりません。
 朔にも分かりません。

 笹峰の欠席を気にする秀一の許へ、
 一緒に弁当を食べようとクラスメイトたちが集まってきます。
 秀一はどちらかと言うと、クラスメイトから慕われています。
 頭イイし、頼りになるし、性格もよくてイイヤツ。そんな風に思われてます。
 でもそれって、友情ではないですよね。
 誰も秀一の本当の姿を知らないし、秀一もそれを曝そうとはしない。
 だから秀一は、弁当を自分で作ったのかと訊かれて、
 本当は将人が作ったんだけれども、「まぁね」と曖昧に答えます。
 いつも家では自炊してるけど、今日はたまたま居候人がいて、その人が作ってくれた。
 なんてことをいちいち話す必要はないと考えるからです。
 人当たりは良いけれども、本心を覗かせはしない。
 自分に対する理解を求めない。
 計算でそうしているのではなく、それは秀一にとって極自然な習性とも言うべき傾向です。
 秀一はそんな人物です。
 それを淋しい人間だと感じるか、自立した人間だと思うか…
 人それぞれでしょうが、朔は不器用な人やなぁと思います。


「神無月の頃 11」

 秀一は陽司に呼び出され、茶道部の練習場に連れて行かれます。
 この前日、陽司に何があって彼が心変わりしたのか、それを書いたのが『I wish...』です。
 陽司は小野瀬の言葉で、自分が真に望んでいることを知り、そして秀一を呼び出しました。
 
 どうでもいい、細かいことですが。
 陽司が披露する「月」という点前は、朔もまだ本格的には稽古をはじめていません。
 この春の合宿から、稽古をはじめます。
 これ、ホントに難しいんですよ! 楽しいです!
 学校茶道しかしてない高校1年生ができる点前とも思えませんが…
 朔の憧れも含めて、チャレンジしてもらってます(笑)
 ま、陽司の志の高さの表れ、ということで。

 陽司が聡佑のことについて語りはじめますが……
 彼の持っている情報はすべて母(秀一の伯母)から聞いたものなので、
 かなり伯母さんの偏見と曲解と被害妄想が入った情報です。
 この伯母さん、弟(聡佑)と母(秀一の祖母)の間で、彼女なりに苦労したようです。
 それが原因で守屋と茶道を徹底的に嫌っています。
 だから、息子(陽司)が茶道を習うことを許していません。
 母親から抑圧され、守屋への恨みつらみを聞かされ続けてきた陽司もまた、
 いつしか秀一を目の敵をしていたわけですね。
 その目を覚ませてくれたのが、幼馴染の小野瀬でした。
 おおっと、話が元に戻ってるよ。

 えーと聡佑の死の真相については……
 ホントに単なる事故です。
 小舟が手招きしたというのは、伯母さんの被害妄想。
 病院に運び込んだ生徒が茶道部員だった、というのも、偶然です。
 というか、茶道部の顧問だったのだから、自分の部活の生徒を病院に送るのは当然ですよね。
 もしかしたら、担任しているクラスの生徒だったのかもしれません。

 小舟の死をきっかけに、聡佑が御影ヶ丘流茶道を捨てていたというのは本当です。
 ちなみに学校で教えていたのは、裏千家流。
 今、外伝『在りし日の記憶』で、聡佑と小舟の出会いから別れまでの物語を書いています。
 本当は何があったのか、どうぞお楽しみに。

 父(聡佑)がどうして茶道を捨てたのかを知り、
 秀一は父の抱いた想いへと思いを馳せます。
 茶道家元を継ぎたいと自覚したばかりの秀一は、
 その道を自ら閉ざした父が何を想いそうしたのか、何が父にそうさせたのか、
 なぜ、なぜと考えようとします。
 茶道家元を継ぐことよりも大切だと思えるヒト、モノ。

 秀一の中では、茶道家元を継ぐことが生きる意味になってます。
 それ以外に執着すべきものはありません。
 その背景には、ただ茶道が好きだというほかに、
 長い歴史を持つ茶道という芸術に対する尊敬や畏怖の念、
 宗家に生まれたことへの誇りや義務感もあります。
 だから、それらをカンタンに捨て去ってしまった(ように思える)父の行動に、
 秀一は混乱します。

 そして、自分よりも大切なモノが自分にあるだろうかと考えて……
 秀一は孤独を感じます。
 う〜ん、上手く説明できませんが、
 自分以上に大切なものがないというのは、淋しいことだと朔は思うのです。
 人との深いつながりを持ってこなかった秀一は、
 それまで目を向けてこなかった自分の中の空洞に気付き、暗い思いに駆られます。


「神無月の頃 12」

 混乱を引き摺ったまま帰宅した秀一は、そこで小舟を見つけます。
 小舟が、住み込みのお弟子さんがいたらどうしようかと思った、
 という話をしていましたが、
 外伝との兼ね合わせから、実際にそういうお嬢さんがいたことにしました。
 書き直したことをお知らせしておきます。